2007年 11月 7日(水) - 村内のぶひろ
広島県呉市:大和ミュージアム (鎮魂!戦艦大和)
08.政治・社会 , 09.歴史・文化 , 10.旅行・温泉
全一覧(バックナンバー)
「大和ミュージアム」
正式名称、呉市海事歴史科学館。
すばらしいです!
とっても良かったです!!
念願かなって行ってきました、
呉(くれ)の大和ミュージアムへ。
大和ミュージアムのシンボル 10分の1戦艦「大和(やまと)」
前面下部の球状艦首(バルバスバウ)がカッコいい!
26.3メートルの10分の1戦艦「大和」
実際の大きさ(263メートル)の10分の1の大きさです。
それでもデカイ!!
写っている人と大きさを較べてみてください
(左)入口 (右)入口横の戦艦陸奥のスクリュー、主砲身
(左)入口横の戦艦陸奥の主錨

(左)46センチ 3連装主砲塔もカッコいい!
(右)3枚翼の推進器(スクリュープロペラ)

(左)攻撃を回避するため左回頭中の「大和」
(右)真珠湾攻撃の旗艦 空母「赤城(模型)」
10分の1戦艦「大和」をバックに僕のぶひろも記念撮影
“死に場所を求めた”戦艦・大和は
有名な「片道分の燃料」で急を告げる沖縄戦
参戦のため、沖縄へ向け水上特攻で出撃し、
米艦載機の猛攻を受け、沈没しました。
世は航空機の時代を迎えていて、
史上最大最強の“不沈艦”大和といえども、
壮絶な最後を遂げざるを得ませんでした。
昭和20年(1945年) 4月7日、爆沈。
沖縄特攻の大和乗組員 3332人のうち 3056人の
尊い命が失われたそうです。
ですが、なんと平成19年現在で
約20名の方がまだ存命だそうです。
まさに、大和爆沈は
つい最近のできごとなんですね!!
特筆すべきは幹部は一人として逃げず、
あるものは部屋に内側からカギをかけ、
あるものは柱に体を巻きつけ
大和と運命をともにしたそうです。
これはリーダーシップの見本といえるでしょう。
黙祷、合掌。

(左)潜水調査でわかった海底に眠る大和の姿(模型)
(右)大和戦死者一覧

(左)呉・吉浦から見た原爆のきのこ雲
(右)なんでも鑑定団・石坂浩二氏寄贈の長門の海軍旗
栄光、挫折、復興のシンボル「戦艦大和」。
大和ミュージアムは名前の通り、
大和がメインではあるのですが、
全体としてみると、大和というよりも
にほんの近代の歴史、そう我が国の近代史が詰め込まれた
ミュージアムであることがわかります。
呉という近代を象徴する町の歴史を通じて
僕たちは先輩たちが築き上げた明治、大正、昭和という
時代を追慕することができるのです。
ズバリ、ココは大和ミュージアムではなく、
「にほん近代史ミュージアム」であることに
僕は感づきました!!

(左)特殊潜航艇「海龍」 後期量産型

(左)ゼロ戦-零式艦上戦闘機62型
(右)ゼロ戦と後方 人間魚雷「回天」
(左)各種砲弾
(右)アニメ“宇宙戦艦ヤマト”ということでなんと
なつかしのアナライザーがいました!!
大切な息子を亡くしたご家庭は
「うちばかりじゃない」と歯を食いしばってガマンしたそうです。
死んだ子供の軍服を着て
泣きながら酒を飲んでガマンしたそうです。
明治(うまれ)の人はえらかった。
以前僕が書いた
「母の白髪、父の涙」
もおなじでした。
戦争は愚かで、
平和が大切です。
このミュージアムはそのことを
最も訴えているということに最後に気がつきました...
●戦艦大和概要
全 長:263メートル
水線長:256メートル
最大幅:38.9メートル
公試吃水:10.4メートル
満載排水量:72809トン
公試排水量:69100トン
基準排水量:65000トン
公試最大速力:27.46ノット(時速約51キロ)
●戦艦大和年表
昭和9年(1934年) 10月
軍令部、艦政本部に新戦艦設計要望を送付
昭和12年(1937年) 11月4日
呉海軍工廠において「第一号艦」起工
昭和15年(1940年) 8月8日
呉工廠において進水式。「大和」と命名
昭和16年(1941年) 12月8日
真珠湾攻撃、太平洋戦争開戦
昭和16年(1941年) 12月16日
呉工廠において竣工
昭和17年(1942年) 5月29日
ミッドウェー作戦支援のために柱島を出撃
昭和19年(1944年) 6月19日-20日
マリアナ沖海戦に参加
昭和19年(1944年) 10月24日-26日
レイテ沖海戦に参加
昭和20年(1945年) 3月28日
呉を出港
昭和20年(1945年) 4月6日
徳山沖の泊地から沖縄に向け出撃
昭和20年(1945年) 4月7日
「大和」以下の第二艦隊、九州南西沖海上にて
アメリカ海軍空母機多数の攻撃を受け、沈没
▼今回の広島・山口旅行コース
広島県呉市:大和ミュージアム (鎮魂!戦艦大和)
広島県呉市:てつのくじら館で潜水艦の中に入りました
広島県呉市:歴史の見える丘。この旧海軍工廠で戦艦・大和が建造された
広島県江田島市:旧海軍兵学校は赤レンガがうつくしい
広島県呉市:映画「海猿」のロケ地・両城の200階段からの呉らしい景色。
広島県広島市:原爆爆心地(中区)と原爆ドーム
山口県周南市大津島:回天記念館で烈士たちに黙祷
山口県下関市:春帆楼(日清講和記念館)で伊藤博文が活躍
福岡県北九州市:門司港レトロは間違いなく“恋人の聖地”
(参考)
「男たちの大和/YAMATO」の DVDを見ました
村内伸弘@ムラウチ ドットコム
「広島県呉市」 …地域コミュニティを見てみる
「大和 (戦艦) 」 …ブログコミュニティを見てみる
「戦争のない未来のために」 …ブログコミュニティを見てみる
▼世の中いろんな人がいる ☆\(^▽^ )/
にほんブログ村 博物館・記念館ブログ村 を見る

※このブログ記事は戦争や大和による沖縄特攻を美化するものではありません。
また、株式会社ムラウチドットコムとも一切関係がなく、
村内伸弘個人のプライベートな私的感想ですので予めご承知おきください(^^)
きょうのキーワード:呉市 - 大和ミュージアム - 戦艦大和
「社長ブログ」 バックナンバーを見る
|
|
|
|
|
投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長) 2007年11月07日 23:49
コメント
村内様
戦艦大和ミュージアムの報告ブログを書いて頂き有難うございます。私は広島の生まれですが、実は、まだ見に行っていません。今度、是非行きたいと思います。
私の母方の叔父も呉の造船エンジニアで石川島播磨重工でタンカーなどを設計していました。戦争中は海軍工廠の技術少尉だったようですが、大和については何も語りませんでした。多分設計に関係していたかもしれません。
私が小学生の時に、その叔父から、世界一大きいタンカーを造ったので進水式を見に来なさいと言われて、母と見学した思い出をブログに書きました。⇒
http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_2917.html
追伸:いつも素敵な記事を書いておられますね、ブルートレイン銀河でコメントを書きましたINOです。
投稿者 INO : 2008年03月29日 18:23
INOさん
コメントありがとうございました。
銀河のときはお世話になりました!
http://dankai-hiroba.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_c9e2.html
僕の記事をお褒めいただき
ありがとうございます。
素直にうれしいです!
何が嬉しいかって言うと
INOさんや他のブロガーさんも同じだと思いますが
ブログの記事や内容を褒められるのが
とにかく一番嬉しいです!!
ありがとうございます。
さっそく世界一のタンカーのブログも
読ませて頂きました。日本の造船技術は
戦前も戦後も素晴らしかったんですね!!
もちろん平成の今も ^^
※「団塊の世代」の皆さんが今のすばらしい日本を
作り上げたと思って感謝しております。
INOさんもぜひ、あと40年くらいはブログを
続けてくださいね(^^)
僕もあと60年はブログ続けたいです、
かなり先が長いですけど(^^;
投稿者 のぶひろ : 2008年03月29日 22:51
気楽にコメントしてください .。.:*・゚☆
トラックバック
このエントリーへのトラックバックURL:








