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1968年 シリーズ20世紀の記憶 「あの頃キミは革命的だった!」

毎日ムック シリーズ20世紀の記憶 「1968年」 毎日新聞社
 
 

1968年

我々の故郷は1968年だ! あの頃キミは革命的だった!

 
 

昭和43年(1968年) 2月25日 - 多摩相互病院にて 2月15日の誕生日に、
自分が生まれた年1968年(昭和43年/明治100年)を振り返る意味で
この本を久しぶりに開いてみました!

造反有理(ぞうはんゆうり)! バリケードの中の青春!

僕らの先輩たち、
けっこうやっちゃってますね~
善悪はともかく凄いエネルギーです!
今、我が祖国・にほんにもっとも欠けているエネルギーがあふれています!!

最初から最後までぜんぶ読みましたが、
熱気がスゴイ!活力がスゴイ!バイタリティがスゴイです!!


目次の中から主なモノを
ピックアップしてみました、ぜひ誰もが革命的だった
ニッポンの熱い時代をご堪能ください ^^

・東大闘争
・1968年当時の学生運動地図(各派ヘルメット付き)
・10・21新宿騒乱、三里塚、日大闘争
・ベトナム戦争(テト攻勢、ソンミ虐殺、R・ケネディ)
・ソ連軍プラハ侵入、パリ5月革命
・エンプラ寄港、九大ファントム機墜落、金嬉老事件
・MUSIC 1968
・演劇ポスター
・土方巽・横尾忠則・金子國義
・和田心臓移植・天井桟敷

・円谷幸吉自殺
・大雪 ← 僕が生まれた日 S43・2・15の雪のことです

・エンタープライズ寄港阻止闘争
・米・コロンビア大学闘争(いちご白書)
・金嬉老事件
・三里塚闘争
・王子野戦病院阻止闘争
・ベトナム戦争
・ベトナム戦争日本最前線
・B52墜落炎上
・ベトナム戦争加担の風景
・米軍タンク車輸送阻止闘争
・ベトナム反戦闘争(日本編、英国編、西独編)
・東大闘争
・「東大闘争資料集」からのビラ・パンフ抜粋資料編
  「今こそ全学友の理性と良識に訴える!   ---醒めよ!わが同胞、暁は来ぬ---   1968/11月、学生協議会議長 舛添要一」   というビラ?が掲載されていました。あの舛添さんだと思います。

・「とめてくれるなおっ母さん」を描いた男の極私的な1968年[橋本治]
・日大闘争
・神田カルチェ・ラタン闘争
・キング師暗殺
・R・ケネディ暗殺
・シカゴ・セブン
・ベトナム反戦闘争(米国編)
・山田弾薬庫闘争
・九大米軍機墜落事件
・パリ5月革命
・ブラジル反政府運動
・中国文化大革命
・プラハの春
・ワルシャワ条約機構軍プラハ侵入
・チェコ侵入抗議日本
・メキシコ学生運動
・メキシコ・オリンピック
・横須賀線爆破事件
・連続射殺魔事件
・10・21新宿騒乱事件
・10・21大阪御堂筋闘争
・全共闘
・中大学費闘争
・全国学園闘争
・高校生の闘争
・反戦労働運動
・3億円事件
・アポロ8号
・美術1968年
・漫画1968年
・化学1968年
・音楽1968年
・病1968年
・文学1968年
・演劇座談会 俺たちは演劇をやったわけじゃない
・年頭言1968年
・高倉健
・1968年カルチャー年表
・MOVIE 1968
・映画の中の1968年
・MUSICIAN 1968
・1968歌謡曲的文化論
・ヘルメットと私

そして、

60年代「燃える東京」を歩くでビートたけしが寄せた
巻頭エッセイが素晴らしかったのと同様に、
このシリーズ20世紀の記憶 「1968年」のあとがきで
編集長の西井一夫さんが書いている文章が
本当にすばらしいです。一部引用させていただきますので
ぜひ、皆さんご覧ください。

あとがき 1968年という年を丸ごと把握し、一体あの年何が起きていたのか、を ただ日本の中というだけではなく、世界規模で知る必要性をずっと 長い間感じてきた。必要性などではなく、むしろ知りたい、という 願望、欲望に近いと言ったほうが実感には近い。

日大・東大をはじめ、全国の大学で起きた 学園紛争の中から闘争の方式として生み出された 全学共闘会議=全共闘という運動態は、何だったのか。 いや、全共闘に限定せず、反戦青年委員会=反戦という 運動態は何だったのか。 そうして、あれだけの熱気と意思とが跡形もなく消え去ったか、 に思えるのは、何故なのか。正月過ぎの円谷幸吉の自殺と 戦後史に残る文学的傑作としての「遺書」に始まった68年は、 まるで事件の博覧会のごとくに、次々に様々な事件・出来事を 連鎖反応のごとく生み出し、あまりに多くが起こりすぎて アレよ、アレよ、という間に一年が終わり、 続く69年1月18日、19日の東大安田講堂の攻防戦で、 一挙にしぼんでいった。熱く燃えた分だけ、冷め方も激しかった。 何よりはっきりとわからないのは、当時の世界各地で 同時多発的に起きていた若者たちの反乱が、 一体いかなる星のもとに連鎖していたのか、という 世界認識であった。

世界があれほど一体となって「アレ」たのは、 前代未聞の事態だったはずで、多分あれは、戦後世界が崩壊する 局面に噴出した変革への欲求だったのだろう。歴史的に言えば、 1789年のフランス大革命以降の近代史が完全に幕を閉じ、 現代史が幕を開けた、ということだろう。 「自由・平等・博愛」という理念が約200年を経て、根源的に 問い直される時が来ていた。
<途中省略>

我が故郷は「1968年」なりき。 そして、文字どおり我が故郷は緑なりき。 居場所をなくした者にとって、帰るべき故郷は土地ではなく、 時だけなのかもしれない。そうして、時という場を生み出すのは、 「追憶」「記憶」であるだろう。 とはいえ「あとがき」で、何かの結論に導く必要も必然も何もない。 30年間にわたり、胸の奥底にわだかまってきたことを、 吐き出し、光を当て、虫干しし、ああでもない、こうでもない、と 尽きぬ思いと心を披歴し、恥ずかしながらこの一冊を編んだのは、 私的思いだけではない、1968年前後を思春期として駆け抜けた仲間と して、あの「異議申し立て」は一体いかなる「中断」だったかを、 ようやく問い直せる時間がたったという実感があるからだ。 同世代の死が一年にちらほらを超えてばたばたに変わろうと し始めている。人生50年、と言われた年を超えようとする今日、 いま一度、ここで止まってみよう。あのころは、 「止まれ」と自分は疾走しながら叫んでいた。今ならできるかもしれない。 「止まれ」と自分がまず走るのを止めながら、自分の脳に命令することが。 すべて、止まれ!!!立ち止まれ!!!! 信号はとっくに「赤」だったんだから。たとえ、まちがって 「青」や「黄」でも、立ち止まれ!!!!! 「怒りを持って振り返れ」

西井一夫 1998/4/1

 
 
にほん。という国は、
常に、いつの時代にも
純粋で、真剣な若者たちが
目を輝かせ、情熱をほとばしらせている国である。
ということが西井さんの文章でわかります。

我が故郷は「1968年」なりき。

その1968年生まれの僕は
先輩たちのエネルギーを浴びて、
これからの人生をがんばって生きたいと思いました。

(参考)
長崎・佐世保 「昭和43年1月、エンプラ事件」 の現場へ行ってきました。

1960年代「燃える東京」を歩く

夢の高度成長期: 神武景気→岩戸景気→オリンピック景気→いざなぎ景気

うたごえ喫茶・カチューシャ新宿店 「愛唱歌集」

あゝ懐かしの東京大学 本郷キャンパス

寸又峡は金嬉老事件(きんきろうじけん)の舞台

平成20年夏、燃える新宿・歌舞伎町を歩く

I Have a Dream (ワシントン大行進、キング牧師のスピーチ)

青春デンデケデケデケ  主人公のチックンが観音寺の駅を出るラストシーンは昭和43年2月15日

藤村詩抄(とうそんししょう)

美しいロイヤルコペンハーゲン イヤープレート1968年


(参考2)
昭和という年号は、日本の大切なものを抱いたまま
古い影絵でもみるような幻影の時代へと消え去っていったのです。    
時は逝く いつ知らず柔らかに 影してぞゆく、時は逝く(白秋)

青梅・昭和レトロ商品博物館の館長横川秀利さん


村内伸弘@ムラウチ ドットコム

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