CEO-調子イイお兄さん 村内伸弘の旧・社長ブログ →新・社長ブログ(muragon/ムラゴン)へ行く

無料ブログサービス - muragon(ムラゴン)


前へ | 一覧 | 次へ

MURA: Glocal, Open, Nice!
muragon(ムラゴン)
  ブログをはじめよう♪ ⇒ おすすめ無料ブログサービス: muragon(ムラゴン) - ムラゴンを見る

2007年 10月 29日(月) - 村内のぶひろ

初代総理大臣・伊藤博文の墓(東京都品川区西大井)
08.法 , 09.政治・社会 , 10.歴史・文化全一覧(バックナンバー)

伊藤博文の墓所
品川区西大井6丁目・伊藤博文の墓所 (のぶひろ撮影)

伊藤博文の銅像
墓所内の敷地に立つ伊藤博文の銅像

伊藤博文の墓
雨に濡れる伊藤博文の墓(コンクリート円墳墓)

伊藤博文墓 伊藤博文のお墓


「大勲位伊藤博文公墓所」 というと堅苦しい感じですよね、
初代内閣総理大臣・伊藤博文のお墓のことです。

先日の公開日に行ってきました、
鳥居の中に立派な円墳墓がありました。
事前調査では調べられなかったのですが、
博文よりこじんまりした梅子夫人の円墳墓も仲良く
並んでいました。

明治日本を大きく前進させ、
発展させた偉大なる総理大臣も内助の功に優れた
梅子夫人と一緒に並んでさぞかしうれしいんでしょうね(^^)

itouumeko_ohaka.JPG
伊藤博文夫人・梅子夫人の円墳墓


20代の頃、山口県の熊毛群にある「伊藤公記念館」へも
行ったことがありますが、やはり伊藤博文といえば
明治憲法(大日本帝国憲法)草案の作成や
初代内閣総理大臣として有名ですよね。
日清 ・日露の戦争指導や
立憲政友会総裁として政党政治への道を
開いたことも忘れてはいけないことだと思います。

それから実はこれらの輝かしい功績に隠れてしまって
忘れられているのが高杉晋作の“功山寺挙兵”への参加です。

元治元年(1864年)12月15日、
藩論回復のため、命懸けの藩内クーデターを起こした
晋作と行動をともにすることをいち早く表明し、
同じく命懸けでこの挙兵を成功させたのが博文だったのです。

総理大臣にまで上り詰め、歴史に残る大人物も
功成り名を遂げる前の若い時分に
この戦いで命を落としていたのかもしれません。

逆説的には、こういった歴史的な作戦に
死を覚悟して臨む人物に天は
その後の歴史を担わせたとも言えるでしょう。

男児たるもの、ここぞという場面では
己の信じる行動に生命を捧げるぐらいの気概を持ちたいものです。


品川区西大井・伊藤博文の墓 品川区西大井・伊藤博文の墓

品川区西大井・伊藤博文の墓 品川区西大井・伊藤博文の墓
(左)「立憲政友会」と書かれた大きな石灯籠

(参考)
酔題馬関旗亭壁(伊藤博文の漢詩) & ポーツマスの旗(伊藤博文の名場面)

伊藤博文直話
暗殺直前まで語り下ろした幕末明治回顧録

 
伊藤博文 近代日本を創った男
講談社創業100周年記念出版

 
烈々たる日本人 (ぼくらの先輩たち)
伊藤博文 明治42年(1909年)、ハルピンで暗殺

「大隈重信哀悼号」 實業之日本 大正11年2月1日発行
伊藤博文、山県有朋、福沢諭吉らの人物像

五日市憲法が眠っていた深沢家土蔵 (東京都あきる野市)
伊藤博文たちの夏島憲法以前に起草された憲法

日露戦争開戦時(明治37年/1904年)に
伊藤博文が金子堅太郎を説得したシーン

春帆楼(山口県下関市・日清講和記念館)で伊藤博文が活躍


村内伸弘@ムラウチ ドットコム

「幕末長州」 …ブログコミュニティを見てみる
「毛利輝元」 …ブログコミュニティを見てみる
「歴史好き」 …ブログコミュニティを見てみる

▼世の中いろんな人がいる ☆\(^▽^ )/
にほんブログ村 明治史ブログ村 を見る

明治史ブログランキング

きょうのキーワード:総理大臣 - 伊藤博文 - 西大井
「社長ブログ」 バックナンバーを見る


▼ムラウチドットコムで 私たちと一緒に働きませんか?
IT技術者・Webエンジニア・Webプログラマー・Webデザイナー 採用・求人情報(多摩地区・八王子への中途採用/転職)
採用・求人情報 - Web技術者、Webエンジニア、Webデザイナーなど


IT技術者・Webエンジニア・Webプログラマー・Webデザイナー 採用・求人職種一覧(多摩地区・八王子への中途採用/転職)
募集職種一覧 - 勤務地: 東京都八王子市



 
投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長)  2007年10月29日 12:59
murauchi.comから読み込み中...

コメント


 のぶひろ 様、

 先日はコメントの名前を入力間違してしまい、すみませんでした。
 TBありがとうございます。
 
 伊藤博文ですか。
 幅広く活動されていますね。

 私の散策は、今は、近畿圏中心です^^

 仕事では、日本と海外といったりきたりしていますが。


投稿者 Mahlers : 2007年10月29日 17:37

Mahlersさん
こちらこそTBありがとうございました。

近畿ですか、行きたいですよ~
こういう話題がでると
ムズムズしちゃうんです(^^)

▼京都
祇園祭
六波羅蜜寺(空也上人像・かくれ念仏)

▼大阪
天神祭
堺・仁徳天皇陵(大山古墳)
岸和田だんじり

▼兵庫
湊川神社
有馬温泉

▼奈良
吉野山(南朝)・吉野の桜

▼和歌山
熊野古道
高野山


こんな感じで行ったことがないところを
ピックアップしてみました。
全部行きたいです。
やっぱり近畿地方がにほん文化の中心です。
東京の歴史はまだまだ浅いです(^^)

投稿者 のぶひろ : 2007年10月29日 21:19

いや驚きましたね まさかあんな事実があったなんてしらなかったです 伊藤は日露戦争の指揮を執ってがんばっていたなんて初めて知りました
これからもこれを通して学んで生きたいです。

投稿者 ジョニー : 2009年4月27日 11:28

ジョニーさん
コメントありがとうございました。

渡部昇一さんが書いた文章がネット上にありましたよ、
こちらも参考にしてみてください。伊藤博文の本質を
見事にあぶりだした文章になっていると思います。
伊藤博文は有名なわりに伝記や評論が少ない政治家です、
渡部さんのこの文章はとても参考になると思います。
  ↓↓↓↓↓
渡部昇一の「100人の指導者たち」第19人目 「伊藤博文」
http://www.jmca.net/booky/watanabe/019.html


この辺がとても面白いですね(^^) ※以下、引用
   ↓↓↓↓↓

ある政治家が料亭に行ったら、藝者が「また大きな戦争でも起るのですか」と聞いた。その政治家が「なぜそんなことを聞くのか」と問い返すと、その藝者はこう答えた。

「伊藤博文様はよく藝者のひざ枕でくつろがれ、すぐ眠られます。しかし大きなことがある前は、目を閉じては開き、閉じては開き、眠りこむことはありません。近頃はいつもそうです。何かお国の大事件でもあるに違いありませんわ。」

伊藤は維新の志士である。今の基準で「藝者のひざ枕」を批判してはいけない。重要なのは、伊藤は朝から晩まで日本のことを考えていたことである。

この時は日露戦争の前である。ロシアが朝鮮半島全部を支配し、隠岐・対馬のすぐ目と鼻の先の鎮海湾に軍港などを作ろうとする動きを見過ごすべきか、決戦すべきか。藝者のひざを枕にしていても眠りに落ちることはできなかったのだ。
 
 

投稿者 のぶひろ : 2009年4月27日 12:21

気楽にコメントしてください .。.:*・゚☆

保存しますか?


トラックバック

このエントリーへのトラックバックURL:

murauchi.comから読み込み中...

古い記事へ 前へ | トップ | 次へ 新しい記事へ

08.法 , 09.政治・社会 , 10.歴史・文化 全一覧(バックナンバー)

rss_10.gif(RSS1.0) rss_20.gif(RSS2.0) rss_atom.gif(ATOM)

We are the muragons!!
muragon_logo.png
  ブログをつくろう♪⇒ 無料のブログ作成サービス: muragon(ムラゴン) - ムラゴンを見る

無料ブログサービス - muragon(ムラゴン)




ブログランキング・ブログ検索  「ブログ村~」「ムラゴ~ン村内伸弘の社長日記