福岡市西区今津・元寇防塁跡(げんこうぼうるいあと)
蒙古襲来!
世界最強の元軍(モンゴル帝国軍&高麗軍)が
海の向こうから押し寄せ、日本を侵略しようとしたときに
博多湾沿岸に築かれたのが
この「元寇防塁(石築地/いしついじ)」なのです。
高さは 1.8メートルから 3メートル、
幅は 1.8メートルから 2.4メートル
長さ約20kmにもおよぶ大規模な防塁だったそうです。
弘安の役(二回目の元寇)では、この防塁が
わが国の防衛に大きな貢献をしたそうです。
元軍は博多湾一帯の防塁のために上陸ができず
“神風”で一掃され海の藻屑と消えていったというわけです。
文永の役(最初の元寇)のとき、
元軍の第一陣が上陸したという
博多湾西端の今津(福岡市西区)へ僕は行ってみました。
この今津地区の防塁は
最も保存状態が良いようで長さ200メートルの防塁が
築造当時のままの姿で露出展示されています。
なんだか非常に質素で
名所とか観光地とかいった雰囲気が100%皆無なのですがw
歴史的に見れば、
我らの父祖が外敵に屈せず
立ち向かったことを記憶に残す歴史的遺産であり、
当時の武士(御家人)たちの
心意気を今に伝える遺跡でもあるのです。
元寇で戦没した蒙古兵や日本兵を慰霊する蒙古塚
元寇殲滅之處
博多湾は明るく、1月なのにまぶしいくらいでしたが
目を閉じればこの海に元の大群が押し寄せ
我らの先輩たちと激しい合戦を繰り広げる様子が
不思議とイメージできるんです。
元軍の太鼓や銅鑼の音までが
静かに耳を澄ませば聞こえてくるようです。
ただ、濤音(なみおと)と小鳥のさえずり、
そして風の渡る音だけが聞こえていたこの場所に
元が攻めて来ただなんてとても思えません。
そしてこの浜に戦死したおびただしい数の
元軍兵士が流れ着いたなんて想像すらできません。。。
防塁をいくつか見るために浜辺近くの松原の中を歩き回りましたが、
20キロという長さを実感することができました。
万里の長城まではいきませんが、
ハッキリいってスゴイ長いです。
今津の防塁だけでも駐車場から往復で
2~3キロあったんじゃないでしょうか!
合計で5キロくらいは歩いたと思います(爆笑)
それにしても、こんな長大な防塁(石塁)をたった半年程度で
完成させてしまったそうですので、元の侵略に対する
当時の日本の危機感がビンビン伝わってきます!!
とにもかくにも、我が祖国は
この防塁と“神風”、
そして全国民一丸となった抵抗によって
元の侵略を挫折させたわけです。
壮絶な歴史です!!!!
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蒙古襲来!神風を呼び寄せた元寇防塁
村内伸弘@ムラウチ ドットコム
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