ナツ満喫!海サイコー!! 逗子海水浴場という記事を昨日書きましたが、
昭和30年代、この逗子海岸は「太陽の季節」を産み、
無秩序で無軌道な生き方をする「太陽族」という若者たちを世に産み出しました。
奔放に青春を謳歌する若者たちの姿は
まさに反映する戦後ニッポンそのものだったのでは?と僕は推測しています。
昭和30年(1955年)、一橋大在学中に石原慎太郎が発表した「太陽の季節」、
その発表から50年の歳月が流れ、この地に記念碑ができました。
記念碑の左上にはあの岡本太郎の「若い太陽」という作品が
飾ってありますが、やはりそのインパクトはすごいですね!
昭和ニッポンの繁栄を象徴する大阪万博「太陽の塔」の作者・岡本太郎だけあって、
ギラギラとしたその存在はまさに“逗子的”と言えるのでしょう・・・
平成15年11月20日… 昭和45年。日本が元気だった大阪万博・岡本太郎 太陽の搭
のぶひろは若い太陽の存在感に唸りました。。。
皆さんも、ぜひ近くに行く際は見てくださいネ。
サザンの「SEA SIDE WOMAN BLUES」の中で歌われてる渚橋のすぐ近くです。
(参考)
・ナツ満喫!海サイコー!! 逗子海水浴場
・若い太陽 「太陽の季節 ここに始まる 石原慎太郎 」
・東京オリンピックの時の100円銀貨(昭和39年/1964年)
・青空があるでしょう(青空はみんなに平等にある) 岡本太郎賞 三宅感
↓世の中いろんな人がいる \(^O^)/