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2009年 06月 20日(土) - 村内のぶひろ

「ムラウチ創生期ものがたり」
04.経営・仕事 , 05.三多摩・八王子 , 10.歴史・文化 , 22.雑感全一覧(バックナンバー)

たまたまある尊敬する方からメールをいただき、
自分が前会社の社長を辞めてから
まもなく3年になることを思い出しました。

平成18年 - 2006年 6月 25日(日)
にんげんのうんめい - 社長を辞めました


そして、上記のブログ記事のリンク先に
「人間の運命もちょっとした動機によって大きく変化するものである。」と
いう書き出しで始まる株式会社ムラウチ創業者であった
僕のおじいちゃん・村内 村雄の文章が残っていました。

ちょうど明日は株主総会でもありますし、
ブログではご紹介したことがなかったと思いますので
全文を改めて掲載させていただきます。
どうぞご覧くださいまし(^^)



「ムラウチ創生期ものがたり」 

殺到する見学団 村内さん 部品買集めて自作


人間の運命もちょっとした動機によって大きく変化するものである。
私は生まれたときから私の職業は父の家業を継いで、
醤油屋になることと確定していた。私は成長するにつれて
そうなるべく次第に育成されていった。それがふとした風の吹き廻しで、
現在の電気商に飛びこんでしまったのだ。

昭和28年3月のNHKのテレビ放送開始は、日本の文化に
一大変化を画するものであったと同時に、私の運命にも、決定的、
変化をもたらしたのである。私はこの放送開始と同時に、現在の
電気店経営の使命をビッシリ背負いこんだのであった。
しかしその当時は、こんなに、私が全力投球をするようになるなどとは、
夢にも考えていなかった。そのいきさつを語ろう。


話は少し前にさかのぼって、大東亜戦争で破れ、陸軍の将校で
あった私は、市ヶ谷の陸軍省から我家に帰って醤油の製造に従事し、
中断していた醤油屋の経営を再び情熱をもって開始したのであったが、
その経営に、私と共に従事していた私の次弟で誉治(よしはる)は、
少年の頃から、アマチュア、ラジオの組立てに異常な程の興味を
もっていたが、たまたま昭和26年頃から、NHKがテレビの試験放送を
開始したので、彼はそのテレビに深い関心を示して、どうしても自分で
その電波をキャッチしてみたくて仕方がなかったので、彼はコツコツと、
無線と実験などの本を先生として、テレビ製作に取りかかったのであった。

昭和26年のある日、「テレビジョンが写るぞ、見に来い」と勝ち誇った
顔の弟の声に、私や父が、彼の家に行ってみると、確かに何か動物
らしいものが動くのであった。私がテレビを見たのはこれが始めてである。
彼の部屋はカーテンで、しっかりと太陽光線を、さえぎって、
まっ暗になっていて、その中に直径3インチくらいのブラウン管を抱いた
ゴチャ、ゴチャした複雑な機械があって、ラジオより他に、この種の
機械を見たことのない私達にとっては、このテレビでもまことに複雑な
ものとの強い印象をあたえた---そのブラウン管に人か動物かの
黒い動く影が写ったのであった。多分スキーをしている場面なのだろうけれど、
猿のような、黒い影が動くのである。「ワッ!写った、動くぞ!」 
私達は感激の声をあげて、不思議がった。「どうして写るのだ」などと、
弟に質問の雨を、あびせたものである。

それはたちまち、近所の評判となった。そしてやがて下記のような
新聞記事となって、一層世間に拡まるようになったのである。
その当時はまだブラウン管などは売られていなかったので、弟は
苦心して、航空隊で使っていた小さなブラウン管を手に入れて、
これで兎に角テレビらしいものを作ったのであった。


これは三多摩地方で作られたテレビ第一号機であったと確信している。
この点で、弟の余暇に造ったこのテレビは、テレビ文化史にとって、
極めて記念すべきものであったが、いまは惜しくも、そのテレビは
なくなってしまった。弟は次には更に大きいブラウン管で、テレビジョンを
作ったそして又々新聞記事となったのである。

朝日新聞 昭和27年2月17日 都下版

「街のテレビ教室  殺到する見学団 村内さん 部品買集めて自作」

   ・八王子市大和田町1094会社員村内誉治さん(38)方は毎週金・土曜
    の午後2時から2時間、テレビジョンを見る付近の人達で押すな押
    すなの盛況。
   ・目黒の無線学校出の主人誉治さんが買い集めた部品を組み立て、
    半年ぶりにやっとこのほど完成したもの。民間人では都下初めての
    テレビ所有者だという
   ・付近の小学校でも「ぜひ教材に」と見学を申し込んできている。
   ・写真はテレビ見学でにぎわう村内さんの研究室

昭和28年のNHK本放送については、その年の正月頃から弟は
「オレはテレビジョンを作りたい、これを商売にしたい。兄さん協力してくれ」と
いい出したので、なる程それでは売る方は僕が片手間に手伝ってやれば
良いと考えて、それではテレビジョン屋を開こうということで、兎に角NHKの
本放送までにと「有限会社村内テレビ」を登記設立した。
このテレビという名にするか、テレビジョンにするか、テレヴィジョンにするかに
ついては相当私達は迷ったものであった。今でこそテレビ、又は更に略して
TVになっているが、当時は皆、テレビジョンと呼んでいたのである。

※文章は平成5年に逝去したムラウチ・創業者 村内 村雄の昭和44年2月記
   「ムラウチ創生期ものがたり」より抜粋しました



(参考)
5月27日、陸軍輜重兵だった祖父・村内村雄のお墓参り
人間の運命 - 社長を辞めました
新会社ムラウチドットコムを創業しました。
第一家電 → ソニー → 家電市場 → ムラウチ電気。昔の名刺を一部断捨離。
村内壽一「2000年年頭にあたって」 & 第一家電創業者 永長左京「寸語録」
ハチオーソースの年代ものの前掛けエプロンを発見!
村内テレビの社章とムラウチ電気のネクタイピン(倉庫整理で発見!)
ムラウチ電気さん 閉店 (大変身?)
ムラウチジョーシンさん 完全閉店(大和田町からムラウチの名前が消える)
青空の下、閉店したムラウチ電気の初午祭と八王子夢街道駅伝

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投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長)  2009年6月20日 09:19
murauchi.comから読み込み中...

コメント

ネットサーフィンしてたら、このムラウチ社長のブログに辿り着きました。八王子のムラウチでは幾度か電気製品を買ってます。ビックカメラやヨドバシと同じ家電量販店ぐらいにしか思ってなかった高齢の私ですが、このブログを見てムラウチを再認識しました。ラジオ少年だったころ自分で組み立てたテレビが最初に映った画像が四谷怪談のお岩さんだったような記憶があります(笑)

投稿者 かとう : 2009年6月20日 10:10

かとうさん
コメントありがとうございました。

かとうさんもラジオ少年だったんですね!!
一番最初に写ったのが“お岩さん”というのが
笑ってしまいます(^^)


ムラウチは
醤油屋→テレビ屋→電気屋→ネットショップという
ように歴史を重ねてきていますが、
もともとは僕の曽祖父・栄一
http://murauchi.info/weblog/2007/08/30.html
が、大正元年(1912年)に八王子市大和田(現在のムラウチ
ジョーシンさんと同じ場所)に醤油工場を作ったのが始まりです。

1912年がスタートですから、3年後の
2012年にはムラウチは100周年を迎えます。


村内栄一は青雲の志止みがたく、家業であった
農業兼機屋に満足せず醤油醸造業を志し、
単身醤油のメッカ野田に行き、荒くれ男にまじり修行一年、
先輩の技術者をスカウトして帰郷し、
水と交通の便の良い大和田に醤油醸造工場を建てた。
大正元年のことである。
  ↓↓↓↓↓
昭和初期の村内醤油店の写真
http://www.murauchi.co.jp/kaisya/s10_01big.htm
 ※左端に写っているのが僕の曽祖父です
 ※富士に村のマークでフジムラ醤油といっていました

 
限定復刻版「フジムラ醤油」配布へ
http://www.murauchi.co.jp/ir/yomiuri/20020413.htm
 
村内醤油店
http://murauchi.info/weblog/2006/12/post_697.html
 
 

投稿者 のぶひろ : 2009年6月20日 12:23

「ヒトの歴史」

それは、誰かが引き継いでいかなければ、
何時しか「土」に還る...
そして、巷に「いま伝えられていること」でも、何処かで加工されていることも多い

けれど、誰かが!ネットの上に、より正しい!?記録を残していれば、それを後世に伝えることが出来、今までの様なことは無い!ハズですよネ

ニッポンの食の原点!醤油屋さんだったんですネ
今の時代は、電気屋さんは、生活に欠かせませんネ!!
ツ(^o^)シ

投稿者 ほっとあいず : 2009年6月20日 17:28

ほっとあいずさん
コメントありがとうございました。

そうですよね!
紙はもう何千年も残るということが
証明されていますけれども、
ネット上の情報は何百年、何千年間
残るのでしょうか?

もし、2000年後の
日本人が僕やほっとあいずさんの
このやりとりを見ると思うと楽しいですね☆

栄一おじいちゃんは、
子供の頃、何かの用で都内で出掛け、
新宿から八王子まで歩いて帰ってくる途中で
お醤油屋さんの大きなお屋敷を見て、
醤油屋になりたいと思った。
という話を聞いたことがあります。

明治の終わりの頃の話です。


こういう話を聞くと
明治の青年達が持っていた
若々しいエネルギーを感じずにはいられません!

▼若々しい明治。遂に、新しき詩歌の時は来たりぬ。
http://murauchi.info/weblog/2007/03/post_740.html

投稿者 のぶひろ : 2009年6月21日 10:28

社長さん。

お客様係りの「**」さんから私の電話番号を聞いて電話を下さい。
「PWTC900」の件です!

このままではそちらに言って話さなくてはなりませんよ!

必ずなんとかしてもらいます。

投稿者 中村 : 2009年6月21日 11:12

中村さま
コメントありがとうございました。

PWTC900とはシャープの電子辞書だと思いますが、
ECサイトへのご質問などつきましては
大変申し訳ございませんが、
専用窓口にてご対応させていただいておりますので
お手数お掛けしてしまいましてスミマセンが
どうぞよろしくお願い申し上げます。

中村さま、ありがとうございました。

投稿者 のぶひろ : 2009年6月21日 12:56

気楽にコメントしてください .。.:*・゚☆

保存しますか?


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