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▼ 2007年11月12日のブログ記事
山口県下関市:春帆楼(日清講和記念館)で伊藤博文が活躍
08.政治・社会
, 09.歴史・文化
, 10.旅行・温泉
, 12.格言・詩歌句
「春帆楼」
>しゅんぱんろう ということばには
>春のかがやきたつ 光彩がある
しゅんぱんろう。
とっても美しい響きですね。
伊藤博文が春の海の帆船を心に描いて名付けたそうです。
明治ニッポンが迎えた初めての大規模な対外戦争、
日清戦争の講和会議が開かれた場所が
ここ下関・春帆楼なのです。
(日清講和条約 / 馬関条約、下関条約)

当時の春帆楼は昭和20年(1945年)の下関空襲で焼けて
しまったそうですが、春帆楼横の日清講和記念館には
当時を偲ぶテーブルや椅子、机、条約調印書のコピー、
伊藤博文や交渉相手の李鴻章の遺墨などが展示されていました。
講和会議後にこれらの展示物は
一旦下賜されていた関係で焼けてしまった
旧春帆楼にはなく、かえって
今日のその会議の様子を伝えることができたそうです。
分散しておくというのは大切なことかもしれませんね、
ポートフォリオですよ、今風に言えばw
「ポーツマス講和会議のときの小村寿太郎」と
並ぶ有名な歴史的シーンですね!
伊藤や陸奥は李鴻章を海(関門海峡)が見える側に座らせ、
会議の休憩時間などに清側(中国側)に見えるように
軍艦を勢いよく走らせたりしたそうです。
えげつないようですが、当時の日本の指導者の
国家経営に対する真剣な様子が伺えます。

日清講和記念館の脇に
伊藤博文公と陸奥宗光伯の胸像がありました。
なかよく並んでいましたが、
特に後から眺めた二人の姿は
じつに微笑ましく、うらやましくも感じました。
日清戦争という大仕事を終えた男二人のうしろ姿、
いいですねぇ~(^^)
銅像は時々、うしろ姿の方が良いときがありますネ。
↓↓↓↓↓
鎌倉の大仏さんのうしろ姿(背中)
ちなみに、明治21年(1888年)、
時の内閣総理大臣だった伊藤博文が
この春帆楼で”ふく料理”を食べ、
「一身よく百味の相をととのえ」と絶賛、
太閤・豊臣秀吉によって禁止されていた
”ふく料理”を解禁したそうです。
そして、「ふく料理公許第一号」の栄誉を担ったのが、
ココ「春帆楼」だったということなのです。
※下関の人々は「ふぐ」と発音が濁ることを嫌ったそうです
「ふく」は「福」、 「ふぐ」は「不遇」だそうです(^^)

伊藤と陸奥の銅像の裏からはお隣の
朱塗り鮮やかな赤間神宮(旧阿弥陀寺)へ通じる小道があり
1分もかからず移動ができます。
そして、そこには
壇ノ浦の戦いで壇ノ浦の海底に沈んでいった
あの悲劇の幼帝・安徳天皇の御陵がありました。
(昔は安徳天皇の御影堂と呼ばれていたそうです。)
平清盛の妻の二位の尼(安徳天皇の祖母)に抱かれて
入水した安徳天皇、平家滅亡のまさにその瞬間になります。
「お婆さま、どこへ私を連れて行くのですか?」
まだ数え年で8歳の安徳天皇があどけない声で聞きました。
「この波の下に、極楽浄土というところがあるのですよ。
さあ、一緒にそこへ参りましょう。」
二位の尼は、安徳天皇をしっかりと抱きしめて
渦巻く波の中へと消えていきました。
今ぞ知る 御裳川(みもすそがわ)の 御ながれ
波の下にも 都ありとは (二位の尼 辞世)
馬関(下関)は日本史を彩る数多の歴史の舞台なのです。
▼今回の広島・山口旅行コース
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広島県呉市:てつのくじら館で潜水艦の中に入りました
広島県呉市:歴史の見える丘。この旧海軍工廠で戦艦・大和が建造された
広島県江田島市:旧海軍兵学校は赤レンガがうつくしい
広島県呉市:映画「海猿」のロケ地・両城の200階段からの呉らしい景色。
広島県広島市:原爆爆心地(中区)と原爆ドーム
山口県周南市大津島:回天記念館で烈士たちに黙祷
山口県下関市:春帆楼(日清講和記念館)で伊藤博文が活躍
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投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長) 23:33 | コメント(2) | トラックバック (0)
山口県周南市大津島:回天記念館で烈士たちに黙祷
09.歴史・文化
, 10.旅行・温泉
, 12.格言・詩歌句
特攻兵器・人間魚雷「回天」
“天を回らし(めぐらし)、戦局を逆転させる”の願いから命名
山口県周南市にある大津島、
別名“回天の島”とも呼ばれるこの島を
僕は訪れました。


徳山港から大津島巡航の船に乗り、
大津島の馬島(うましま)というところへ向かいました。
大津島巡航という高速船です、
どうでもいいけど、僕とグーグー寝ている
おばちゃんの2人しか乗客がいないんですけど(^^;
大津島はそんな静かな島なのです。
港に着いて、
「周南市回天記念館」まで徒歩10分。
色づき始めたのどかな山道を歩くと、
そこに回天記念館がありました。

(左)鬣山/たてがみやま
(右)回天記念館
(右)回天創案者・黒木博司大尉と樋口孝大尉
不幸にも黒木大尉と樋口大尉は回天の訓練中に殉職。
残された回天特別攻撃隊の後輩たちは二人の死の翌日から
「黒木、樋口に続け」を合言葉に猛訓練をしたそうです。
そもそも、「魚雷に乗る」 ということが本来
コトバとして矛盾しているわけです。
魚雷は乗るものではなく、
魚雷は発射するものだと思うわけです。
その意味でも
魚雷に人間が乗るのは初めてだったし、
黒木大尉と樋口大尉は自分の命を捨ててでも
多くの日本人を残し救うという考えだったそうです。
(右)回天戦死者 145名、没時の平均年齢 21.1歳
ほとんどが20歳前後の若者だった。

特攻兵器「回天」
この中に入って、直接操舵し、敵艦に体当たりをする
「国家存亡の秋、じっとしておれないのです」
命と青春をお国に捧げた“烈士”たち。
今も艦とともに海底深く沈んで
海の藻屑となり、そのまま戦場にある“烈士”たち。
この密閉された狭い操縦席に乗り込んで訓練をし、
大量の爆薬を積んで敵艦に体当たりをしていった先輩たち。
彼ら“回天烈士”に今、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
館内には先輩たちの遺影がありました。
みんな、とってもいい顔してるんですよね、コレが。
キレイな顔でした。

(左)森繁久彌 「浮きつ島 鼓海を訪ふ」の碑
(右)「出口のない海」に使われた回天の操縦席 - 市川海老蔵が乗った
浮きつ島 鼓海を訪ふ
森繁久彌
天を回せよ
今は嗚呼
鼓海の波は静かなり
その勲しの
あとや哀し
大津島に鎮もれる
魂よ
静かに思ふ
人生に無駄なものが
あらふか
眠れ友よ いかにも
碧き 海に
平成五年五月二十二日 作
「いかにも碧き海に...」
あーん、胸に残りますねー
戦争は虚しく愚かです、
この回天記念館は畢竟、訪れる人々に
平和の大切さを訴え続けるために存在するし、
これからも存在し続けるのだと思います。
その意味でも、
いつの日にか
この僕のブログが心のどこかに引っ掛かっているならば
あなたにもぜひ訪れていただきたいと思います。
Kaiten Memoral Museum
回天記念館へ

回天が運ばれた海へ抜けるトンネル、
その後、彼らは海へ旅立った。
(トロッコに乗せてトンネルを通って運ぶ)
トンネル内には回天を運んだレールをコンクリートで
埋めた跡が今も残っています。

(左)トンネル内にあった回天を紹介するパネル
「戦友に別れを告げる特攻隊員たち」

回天発射訓練基地跡
人気(ひとけ)はなく、ただただ波の音だけが聞こえ
碧い海のなかを覗くと
ヒラヒラと魚たちが泳いでいました。
ヒラヒラヒラヒラ泳いでいました...
そこにたたずんでいると
なぜか猫が現れて、ジャレついてきました。
不遜な言い方だけど、回天特攻隊の方が
猫となって現れ慰霊をする僕にお礼を言ってくれたのかな
などと感じました。
慰霊が終わり、来た道を引き返すと
猫ちゃんがついてきました。
振り払おうとするのですが、
トコトコトコトコついてくるんです。
寂しいんでしょうか?
嬉しいんでしょうか?

帰りのフェリーの中から見た徳山港の様子
今の日本の姿は
回天の英霊たちが期待した姿なのでしょうか?
「ハイ、そうです!」
大きな声で自信をもって応えられるような
日本にしていきたいものです。
若い僕らがみんなで力を合わせて
英霊たちが期待したような日本の姿にしていきましょう。
●回天(○六金物一型)概要
全 長:14.75メートル
全重量:8.3トン
搭載爆薬重量:1.55トン
推進馬力:550馬力
最大速力:30ノット(時速約54キロ)
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※このブログ記事は戦争や回天特別攻撃隊を美化するものではありません。
また、株式会社ムラウチドットコムとも一切関係がなく、
村内伸弘個人のプライベートな私的感想ですので予めご承知おきください(^^)
きょうのキーワード:周南市 - 大津島 - 回天記念館
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投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長) 21:57 | コメント(6) | トラックバック (0)
広島県広島市:原爆爆心地(中区)と原爆ドーム
09.歴史・文化
, 10.旅行・温泉
広島原子爆弾の爆心地
テニアン島から飛来した米軍機B-29「エノラゲイ号」によって
人類史上最初に使用された核爆弾(原子爆弾)は
この上空580メートルで炸裂しました。
爆心直下となったこの一帯は約3000~4000度の
熱線と爆風や放射能を受け、ほとんどの人々が
瞬時にその生命を奪われました。
時に昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分のことでした。
世界遺産(世界文化遺産)・原爆ドーム
その姿は原爆(核兵器)の惨禍を後世に伝えています。
僕のぶひろはただこの前で頭(こうべ)を垂れ、
心から感謝を捧げました。
先輩、どうぞゆっくりとお眠りください。
先輩たちの御霊(みたま)が
永遠に安らかならんことをお祈り申し上げます。
▼今回の広島・山口旅行コース
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広島県呉市:てつのくじら館で潜水艦の中に入りました
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投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長) 12:40 | コメント(4) | トラックバック (1)





