2006年 07月 17日(月) - 村内のぶひろ
[の] 俺は、君のためにこそ死ににいく (俺きみ)
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映画「俺は、君のためにこそ死にいく」 公式ブログ
ゆっちん隊長さんの「SAKURA便り」 を見ました。
「俺は、君のためにこそ死ににいく」公式サイトもOPENしたそうです。
公開は来年・平成19年(2007年)初夏。
製作総指揮と脚本はなんと石原慎太郎東京都知事!
石原さんは昭和31年(1956年)の芥川賞受賞、弟・石原裕次郎主演での
映画化で大旋風を巻き起こした「太陽の季節」以上の社会現象を
人生の総仕上げのひとつとして起こそうとしていると僕は感じています。
日本中に「太陽族」「慎太郎刈り」を超えるような現象を...
そして日本人としての先輩たちに鎮魂を...
新城監督やスタッフの皆さんはもちろん、
窪塚洋介とか、徳重聡とか、筒井道隆とか若手役者もそうですし、
“特攻おばさん”役の岸惠子さんもそうでしょうが、
恐らくこの映画「俺は君の為・・・」にもっとも気持ちを込めているのは
都知事ではなく、一日本人としての石原慎太郎ではないか?と思っています。
いずれにせよ、来年の夏全国の東映でロードショーですから、
一年間待ってます。
ゆっちん隊長さん、ブログ頑張ってください ^^
【2007年 5月6日 追記】
「俺は、君のためにこそ死ににいく」感想
【2007年 11月12日 追記】
山口県周南市大津島:回天記念館で烈士たちに黙祷
村内伸弘@ムラウチ ドットコム
↓世の中いろんな人がいる \(^O^)/
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※この記事は戦争や神風特攻隊、特定の政治家を美化するものではありません。
また、株式会社ムラウチドットコムとも一切関係がなく、
村内伸弘個人のプライベートな私的感想ですので予めご承知おきください(^^)
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ツイッターでつぶやく 投稿者: 村内のぶひろ(ブログ社長) 2006年7月17日 01:59
コメント
人間は何て愚かな生き物なのでしょうか?
宗教、人種、政治、利権等々で戦争やテロで無駄な命の奪い合いを、今も繰り返しています。
第二次世界大戦の日本軍の様に負け戦と判っていながらも、特攻隊と云う十代の未来ある若者達の命を無駄にしました。
オリンピックにも政治が持ち込まれますが、サッカーW杯、ワールド・ベースボール、柔道世界選手権、体操世界選手権等々と様々な国際大会がスポーツの世界にはあります。
これからは、スポーツの祭典で、宗教、人種、政治等関係なく争ってもらいたいです。
しかし、日本も戦争経験者が少なくなって、命の尊さを教える人がすくなくなったので、平気で自分の子供を殺したり、些細なことで殺人を犯す人が増えました。
是非、この映画で命の尊さを沢山の人が学んで欲しいと思います。
投稿者 迷惑なEDDY MERCKX : 2006年7月17日 17:40
EDDYさん
コメントありがとうございました。
さすがですね!
ぼくがこの映画をみたいのは
まさにEDDYさんが最後に書いている一文にあります。
日本人としての先輩の鎮魂、そして
この映画で命の尊さを学びたいと思います。
投稿者 のぶひろ : 2006年7月18日 21:25
俺は、君のためにこそ死ににいくを撮影した街の市民が大激怒!
右翼化した桜川市広報!訪問者数 43,586人
この様な写真を見ていると、
http://pds.exblog.jp/pds/1/200608/10/60/e0009760_10103772.jpg
http://pds.exblog.jp/pds/1/200608/10/60/e0009760_108361.jpg
かつての太平洋戦争の軍国主義時代を思い出す。
いくら日本が今後、軍国主義に変わっていくからといって、桜川市が大手を振って、商業主義に協力している
馬鹿があるかい!
市長も観光化になると焦ってるようだが、この様な観光化は子供の教育には最も悪い。
まして真壁地区には教育委員会の本部が有るのではないのか!
教育委員会も反対もしないで何をやってるのかい。
先達者がこの様な無知で教養の無さでは今後の桜川市の子供らは可哀想だ!
この様な教育委員・委員長は交替すべきだ!!
http://masubuti.exblog.jp/3964730/
問題の表紙
http://www.city.sakuragawa.lg.jp/topcon/kouhou/kouhoupdf/200608/01.pdf
投稿者 市民 : 2006年8月11日 01:35
市民さん
コメントありがとうございました。
茨城県桜川市のサイト
http://www.city.sakuragawa.lg.jp/ 見ました!
確かに広報の表紙を飾ってますねw
この映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」が
軍国主義でもなく、
ましてや商業主義でもなく、
命の尊さや戦争の愚かさを表現する映画になることを
僕も祈っております。
投稿者 のぶひろ : 2006年8月11日 10:28
市民さんは、どこの市民ですか?
「日本が今後、軍国主義に変わっていく」
「教育委員・委員長は交替すべきだ!!」
とか、どうかしてます。
まともじゃないですね。
投稿者 八王子市民 : 2006年8月11日 15:05
特攻隊とは、太平洋戦争末期に日本軍が編成した体当たり作戦を実行する為の部隊、特別攻撃隊の事です。
太平洋戦争末期の日本で、陸海軍あげて大規模な計画的作戦として実施された事で有名ですが、優秀な搭乗員の減少で通常の航空攻撃では充分な戦果を得る事が出来なくなった為に行われる様になりました。
初期には、特攻隊員は志願制でしたが、末期には強制的な編成が行われました。
特攻が最も多く行われたのは沖縄戦であります。
沖縄攻撃に動員されたアメリカ軍の戦艦総数は1.213隻、兵員は451.866名となっています。
その内、特攻で沈没した戦艦数は27隻、特攻で戦死した若者の犠牲者数は191名以上にもなります。
海軍として最初の組織的な航空機特攻作戦は、大西瀧治郎海軍中将により提唱され、これは1944年10月の台湾沖航空戦の敗北の結果、組織的戦闘が不可能になっていた航空戦力活用のためであります。
大西瀧治郎海軍中将は、特攻出撃する搭乗員たちに対して「今の日本の危機を救えるのは、大臣でも軍令部総長でもなく、諸君たちしかいない。命を捨てて特攻に望む諸君らは最早、神である。諸君らの戦果は、必ず自分が陛下にお伝えする」と涙を流して訓示したました。
特攻隊の若い搭乗員たちは、これからの祖国の未来や、残して逝く自分の大切な人の運命など、さまざまな想いを抱いて特攻機に乗り込み、出撃して行きました。
彼らの思いは、出撃前に遺した遺書に綴られており、現代に、特攻隊員たちが如何なる想いで戦って、命を散らせていったのかの一端を伝えていますが、遺書と言う特性上(人に読んで貰う)、男としての意地や見栄があり、必ずしも本心とは言いきれない部分もあり、また予科練出身などの下士官・兵は表現能力の問題もさることながら検閲の為、日記・遺書・手紙などで本心を書く事は出来なかったと思われます。
<沖縄戦の悲劇証言>
5月25日夕方 島尻に撤退という命令がでましたが雨は降るうえ弾も激しく夜十時になっても壕脱出のチャンスが掴めません。14~15人が入口で外をうかがっていました。
その中やっと雨も止み砲弾も途絶えたので出ようとしたら、いつも水を汲んでいた井戸から200mも離れてない所で敵兵が半裸でカンテラも灯けてゆうゆうと塹壕を掘っているのです。
衛生兵が「今なら弾は来ないぞ。出るなら今だ!」と壕にいる人達を押し出しました。
その中の1人は、「アメリカ兵に射たれるから私は行かない」と壕の奥に引っ込んだのです。
皆そのどさくさに出てしまって2人だけが取り残されてしまいました。
壕の奥にはランプが灯り重傷患者が呻いています。
「学生さん水下さい」
弱々しい声で叫んでいるのです。
ためらっていたら4~5人の衛生兵が入って来て、そこらの空缶を集め木箱の上に並べ練乳缶を開けて中に水を足しています。
「お手伝いしましょうか」と、かけ寄りました。
そしたら凄い表情で睨んで「まだいたのか!今頃そんな所にいたら、たたっ斬るぞ!敵はそこまで来ているんだ。何しているか!」と怒鳴ったのです。
衛生兵は私達に背を向けミルクを調合し 両手に四4、5個ずつ持って壕の奥や横壕に入って行きました。
壕内はシーンとしていましたが、しばらくすると急に興奮した叫び声が響いたのですよ。
「これでも人間か! お前達のやることは!」
両足切断の患者がわめいているんです。
衛生兵はその患者を引きずって奥の方へ連れて行きました。
ミルクには青酸カリが入っている、と感づいて騒ぎ出したのだと思います。
足手まといになる重傷患者は青酸カリ入りのミルクで処置するのだと、兵隊が以前話していたのを思い出し急に足もガクガク震え寒気がしてきて髪の毛穴までふくれる思いです。
この様な沖縄戦での悲劇証言が沢山あります。
私の母方の伯父は、戦艦武蔵で出征し、フィリピン沖で戦死しました。
昭和19年(1944年)11月、兵役法が改正されて兵役年齢が17歳~45歳までとなりました。
兵役経験者は最年少でも79歳です。
戦争の悲劇の語り部は年々少なくなっています。
確かに映画は娯楽なので、パールハーバー等の様に史実にはないロマンチックな事が描かれています。
しかし映画により沢山の人が命の尊さを学ぶ事も出来ます。
市民さん、軍国主義と叫ぶ前に、戦争の悲劇を調べて、後世に伝えては如何でしょうか?
投稿者 お節介なEDDY MERCKX : 2006年8月11日 20:36
EDDYさん
八王子市民さん
コメントありがとうございました。
ブログ本文にも書かせていただきましたが、
石原都知事はこの作品を世に出すことで
>「太陽の季節」以上の社会現象を人生の総仕上げのひとつとして
>起こそうとしていると僕は感じています。
僕自身は多様性そのものがすばらしいという考え方ですので
この作品に限らず、様々な表現者の作品に触れた人々が
いろいろと考えて議論して刺激しあっていくことが素晴らしいと思っています。
投稿者 のぶひろ : 2006年8月11日 21:10
戦争世代、子世代、孫世代でTVでアンケートを取っていました。
孫世代になると、長崎・広島に原爆を投下された日を正確に答えられる人が少なくなります。
また、アメリカと戦争をした事を知らない人もいます。
言問橋には、現在も東京大空襲の痕が微かに残っています。
東京大空襲・戦災資料センターが江東区北町の岩井橋付近に、民立・民営で運営されています。
夏のこの時期には「空襲体験者のお話を聞く会」を催されています。
東京大空襲では8万人以上の方が亡くなったと聞きます。
横浜大空襲では22万発の爆弾が投下されたと聞きます。
国土交通省の調べでは、全国に防空壕・地下壕が12080箇所に残っていて、保存する方向で動いています。
戦争体験の語り部も、高齢の為、年々少なくなっているそうです。
現在の日本は平和で、戦争とは無関係になりなした。
そう言った意味でも、この映画で戦争の悲惨さ・命の尊さを描いて欲しいと思います。
投稿者 迷惑なEDDY MERCKX : 2006年8月19日 12:21
EDDYさん
コメントありがとうございました。
言問橋もそうなんですか!
実は僕の会社株式会社ムラウチドットコムがある
東京都八王子市大和田町に架かっている
「大和田橋」にも昭和20年8月2日未明、
B29の編隊から八王子が空襲受けたときの
弾痕が橋の上に何箇所か残っています。
↓↓↓
たまたま見つけました!
http://landship.sub.jp/stocktaking/archives/000899.html
投稿者 のぶひろ : 2006年8月19日 21:15
特攻隊員の気持ちは純粋でした。
でも、サイパン島陥落で日本の敗戦が決定的になって、大本営も政府も「負け」を自覚していたのに、なぜ、あんな無謀な特攻作戦を命じて無駄に多くの若者を死なせたのか。
潔く降伏していれば、特攻隊員の命も救われ、沖縄上陸も無く、原爆投下も無く、数十万人の命が救われたのに・・・。
当時の国家上層部の異常性、発狂状態に激しく憤りを感じる。
投稿者 小市民 : 2007年6月 8日 20:14
小市民さん
コメントありがとうございました。
そういう議論もありますよね。
戦争という極限状態での
上層部(大本営や政府)の判断が
いかに大事かがわかります。
僕も日常
経営者として判断が必要な場面が
多々ありますが、
こんなにも平和な平成時代での判断ですら
情報が入り乱れ、選択肢がたくさんあり
迷いに迷います。
トップに立つものの先見力や判断力の重要性に
身が引き締まる思いです。
PS
サイパンの「バンザイクリフ」や
「スーサイドクリフ」にも
近いうち慰霊にいきたいと思っています。
南の島で無念の思いで生涯を閉じた
先輩たちを追悼したいのです。
投稿者 のぶひろ : 2007年6月 9日 12:14
気楽にコメントしてください .。.:*・゚☆
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